大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(行ツ)33号 判決

上告人 川越金一

上告人 両輪紀久夫

右両名訴訟代理人 吉原稔

木村靖

野村裕

小川恭子

上告人 川越きみゑ

上告人 川越九洲男

上告人 秦新市

上告人 川越信造

被上告人 虎姫町選挙管理委員会

右代表者委員長 林太樹

右訴訟代理人 石原即昭

宮川清

中川幸雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人吉原稔、同木村靖、同野村裕、同小林恭子の上告理由について

公職選挙法二五条の規定に基づく訴訟は、選挙人名簿の脱漏又は誤載の修正(登録又は抹消)を目的とするものであるから、選挙人名簿が既に修正されたときは、訴えの利益を失うものと解すべきである。これと同旨の原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村治朗 裁判官 藤崎萬里 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一)

上告代理人吉原稔、同木村靖、同野村裕、同小川恭子の上告理由

一、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法律の違背又は解釈の誤りがある。

(一) 原判決は、本件異議申出の対象者(いわゆるニセ転入者)のうち、三四一名について、口頭弁論終結時点までに再転出し、選挙人名簿の登録を抹消されたことを理由に訴を却下した。

その理由は、原判決によれば、原判決理由「二 本件訴訟は、公職選挙法二五条に基づくものであつて、名簿修正訴訟といわれるものであるが、まず、その性質を検討する。

1 公職選挙法によると、投票をすることができる者は原則として選挙人名簿に登録されている者に限られる(同法四二条一項本文)。そこで、同法は、選挙人名簿の重要性に鑑みて、その正確性を確保するため、種々の方策を講じている。すなわち、同法は、選挙管理委員会に対し、被登録資格について調査義務を課す(二一条三項)とともに、選挙人名簿の脱漏(登録すべき者を誤つて登録しなかつたこと)、誤載(登録すべきでない者を誤つて登録したこと)を知つた場合にはこれを修正する義務を負わせる(二六条、二八条三号)一方で、選挙人にも正確性確保のための役割の一端を担わせ、縦覧に供された選挙人名簿の登録に関して選挙管理委員会に対し異議を申し出ることができる(二四条一項)こととし、さらに、右異議申出に対する決定という選挙管理委員会の終局的判断が出た段階で、これを訴訟において争うことができる(二五条一項)ものとしている。

2 そして、右にみた公職選挙法が本件訴訟を設けた趣旨に、選挙管理委員会に対する異議申出の事由が選挙人名簿の脱漏、誤載に限られること(同法二四条二項参照)、同法が、選挙人名簿の登録から判決の確定に至るまでをできるだけ短期間に制限する(二二条、二三条、二四条一項、二項、二五条一項、四項、二一三条一項、二五条三項)とともに、選挙人名簿に登録されていない者でも、選挙人名簿に登録されるべき旨の確定判決書を所持する者には投票させなければならない旨(四二条一項)を規定し、本件訴訟によつて選挙人名簿の脱漏、誤載を選挙期日までに修正させることを意図していることを考え合わせると、本件訴訟は、特定人につき登録時において選挙人名簿に登録される資格を有したか否かを確認し、選挙人名簿の脱漏、誤載を修正するものであると解するのが相当である。

三、本案の主張について

本件訴訟は、前記のとおり選挙人名簿の脱漏、誤載の修正を目的とするものであるから、口頭弁論終結時においてこれが修正(登録または抹消)されておれば、既に右の目的を遂げたことになり、本件訴訟は訴えの利益を欠くに至るものといわざるを得ない。」

としている。しかしながら、原判決は、公職選挙法二五条の訴訟の性格について間違つた解釈をしている。

(二) すなわち、

(1) 公職選挙法二五条の訴訟は、公選法二四条による異議の申出に対する市町村選挙管理委員会の決定を原処分とする抗告訴訟(取消訴訟)であり、その請求認容の主文は、「異議申立棄却決定を取消す」であつて、「別表「誰々」を選挙人名簿から抹消せよ」と被告に命ずるものではない。

このことは、同法二五条は「前条二項の規定による決定に不服のある異議申出人又は関係人は当該市町村の選挙管理委員会を被告として(中略)出訴できる」とあり、この規定のしかたは同法二〇三条、二〇七条の争訟の場合と同じであるところ、後者の訴訟が原処分の決定又は裁決の取消を求める抗告訴訟たることは疑問の余地がないからである。

(2) そうすると、本件の訴訟の対象は被上告人が選挙人名簿登載に関する異議申出を棄却した決定が正当であるか否かにあるから、たとえ口頭弁論終結迄に再び虎姫町から他所へ転出した者があつても、その者を含めて選挙人名簿登録の時点で住所要件をみたしていたかについての被上告人の判断の正否が審査されるべきである。

(3) 換言すれば、被上告人選挙管理委員会が住所要件を有しないものを有するものとして違法に選挙人名簿に登録し、その結果、違法の投票を行わしめるに至つたことにつき、その措置の違法たることを主張して異議を申立て訴訟に及ぶものであつて、訴訟の結果「異議を棄却する旨の決定を取消す」との判決が確定した場合、現実に選挙人名簿に登録されているものが違法の登録であつたとして抹消されるのは選管が行うことであり、本訴の判決自体がその抹消を命ずるものではない。公選法二八条三号が「登録の際に登録されるべきではなかつたことを知つていたとき」は抹消しなければならないとあるが、登録されるべきでなかつたことを知るのは選管の自主的調査の結果判明した場合はもちろん、公選法二五条の訴訟の結果、判決によつて指摘、宣言された場合をも含むのである。又、同法二四条二項は「異議の申出を正当であると決定したときは選管は直ちに選挙人名簿から抹消しなければならない」とあるが、このことは、この異議の申出を棄却したのち、訴訟が提起され、その結果、裁判所によつて異議の申出が認容された場合にも選管は選挙人名簿の登録を抹消しなければならないことをいみしている。

つまり、公選法二五条の訴訟は、登録の違法を宣言するものであつて、抹消自体を命ずるものではなく、抹消は判決にもとづく効果にすぎないのである。

判決が確定した場合、選管は、その時点で、なお選挙人名簿に登録されているものを抹消しなければならず、その点で本件訴訟の実益があるが、だからといつて既に転居等の理由で抹消されているものについて、訴えの利益を欠くということにならないのである。

(4) もし、原判決のいうように、本件訴訟を単純な名簿修正訴訟と理解した場合、次のような矛盾が生ずる。

すなわち、本件町会議員選挙では公選法二二条第二項によつて登録された選挙人名簿について、同法二三条の規定による選挙時登録の基準日は五六年一一月二八日、登録日は五六年一一月二八日、その縦覧は五六年一一月二九日より三〇日迄なされ、五六年一一月二九日公選法二四条による異議申出をしたが、被上告人は五六年一二月二日異議申出を棄却した。選挙は一一月二九日に告示され一二月六日投票が行われた。つまり、縦覧から投票日までは、初日を含め八日間にすぎない。この間に確定判決をうることは実際上物理的にありえないことであるから、名簿修正訴訟といつても公選法二二条第二項によつて縦覧に供された名簿による当該選挙にあたつての虚偽投票を事前に防止することには全く役立たない。

公職選挙法が、わずか八日間に異議申出から訴訟の完結する事態を予想することはありえないから、同法二五条の訴訟は最初から当該選挙における不正投票の事前防止を目的とすることはあきらめており、単なる名簿修正でなく、選挙の終了した後においても選管の措置の違法を宣言することを目的とするものと考えざるをえない。そうだとすれば、再転出して抹消されたからといつて登録という選管の行政処分の是非は判断できるのであるから抹消された者についても判断すべきことになる。

(5) 実際問題として、もし、転居によつて抹消がされた場合訴の利益がなくなるとすれば、公選法二五条の争訟が予定するニセ転入の場合でも、再度転出しさえすれば公選法二五条の追及を免れることになる。

ニセ転入であるからこそ、選挙が終れば再度原住所に復帰する例の多いことは当然の事例である。それなのに再度転出すれば却下になるとすれば「ニセ転入」事案に有効に対処しえなくなり、かくては、一体何のために公選法二五条が存在するのか全く意味をなさなくなる。合憲的に成立した法律の解釈にあたつては、せつかく、公選法二五条のさだめた救済の道をとざしてしまうような不合理な解釈を裁判所がとるべきでないことは明らかである。まして最高裁判所昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決等が「ニセ転入の事案は『選挙の規定に違反した』とはいえず、もつぱら選挙人名簿の登録に関する不服として公選法二四、二五条の規定によつてのみ争われるべきもの」との判断を維持している以上は、その二四条、二五条の手続なるものを全く無意味とする解釈を二四条、二五条の解釈において、とることができないことは論をまたない。(もつとも、右判例が変更され大量ニセ転入事案についても「選挙の規定に違反したもの」として選挙の無効をきたすとの結論になればこのような解釈も許されるかもしれないが。)

(6) 以上の理由により、原判決の「名簿修正訴訟」として「再転出者で抹消ズミの者について訴の利益なし」として却下した判断は、法律の解釈に違法があり、破棄されるべきである。

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